残り二回しか変身出来ないというシバリは、この「電王」というドラマの根幹に関わるものであり、これはしっかりと描かなければなりません。
しかしその一回の変身は、肝試しで驚いたデネブの悲鳴に侑斗が変身してしまった、というギャグ。
表面をなぞるだけならば非難されるべきシナリオですが、これでタダ終わる筈が無いのが電王シナリオ。
「…全然大した事じゃねえ」
そんな筈はありません。
まだそれは不明ですが、侑斗にはやるべき大きな事がある筈。
それはひょっとしたら人類の、宇宙の存在すら左右する事かも知れません。
しかし、侑斗は最後のカードを河に投げ捨てて言います。
「こんな程度の事なんだよ!」
宇宙の存在なんか、友情の前ではこんな程度の事なんだよ。
少年っぽい青臭い言動ですが、これは我々大人には取れない行動。
大人から見れば、憧れ、シビレる行動なのです。
そして当然、本来の視聴者である少年達には、いつまでも覚えていてもらいたい心。
ラストシーンでは、膝をまくって河さらいにてカードを探す二人のシーンを挟み、ちゃっかりとした侑斗とデネブのコンビに笑わせてもらい。
喜怒哀楽。
このバランスの良さは、本当に職人芸です。
シリアスの中にギャグを持ってきたり、またその逆も、やる事自体は簡単です。
しかし、これら本来相反するものが違和感無く受け入れられるモノを創り上げるには、「人生泣き笑い」という事を知らなければダメ。
それを知らない若年スタッフとかが、ギャグの中に唐突にシリアスを入れてきたり、考えも無しにシリアスの中にギャグシーンを入れたりなどは、多く見られる失敗。
やはり「プロの作品」を観たいものです。


